プレスリリース    2005/9/17


戦後60周年を迎えて
フィリピン残留日本人集団帰国
戦後、フィリピンに残留を余儀なくされた日本人移民の子ども達−日系2世たちが、終戦から60年たった今年、父の祖国日本へ、始めての帰国を果たそうとしています。彼らの出自を明らかにすること−それが帰国の主な目的です。自分の父親は誰なのか、自分のルーツはどこにあるのか、国籍は?日本人としてのアイデンティティを確認するために、集団で就籍の申立も行います。
(就籍とは、本籍地を持たない日本人が家庭裁判所の許可を得て、自分の戸籍を新しく作ることです。)
「フィリピン日系人会連合会・フィリピン日系人リーガルサポートセンター共催」

集団帰国の費用が不足しています!皆様からの寄付を募集しています。
郵便振替00130-6-333599「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」まで


フィリピン残留日本人集団帰国日程

日時  2005年10月11日(火)〜16日(日)
帰国者 : 日系人2世11人、1世妻1人、3世等6人、ほか通訳

 10月11日(火)

 13:30


ノースウェスト航空にて成田着

 10月12日(水)
 
 13:30

就籍の申立(東京家庭裁判所)
 10月13日(木)

 14:00〜16:00

シンポジウム開催            
 10月14日(金)

  

東京観光
 10月15日(土)
 


フリー
 10月16日(日)    

 19:15

成田からフィリピンへ帰国

■ 宿泊先 ■
東急ステイホテル (住所)東京都新宿区四谷2-1 (Tel)03-3354-0109

 


帰国者一覧 
身元未判明者の父親(一世)に関する情報をお寄せ下さい!!
/ 帰国者氏名 父(一世)氏名 当時の状況 身元
1 ヨシカワ メリシア(Melicia)
女87 
ヨシカワマサタロ 父は長崎島原出身。戦前病死。1世はケノンロード建設に従事 未判明
2 Joyceln Fagcangan (3世)
3 アリチ スミコ(Estelita)女74 アリチ コヤ? 父は戦前パナイ島鉱山で事故死 未判明
4 ヤナダ タツ(Salvador)男73 ヤナダ(梁田)イチロ/サイチロ? 父は広島出身?戦争中、日本軍のガイド兼通訳だったがバコロドの病院で死亡 未判明
5 Merle Dimavibas (3世)
ヤナダ タツ(Salvador)の付き添い



6 ハマモト マサキ(Epipano)
男73
ハマモト マサアチェ 父は横浜出身?ネグロスのInsular Lumber 勤務。戦中、比ゲリラの襲撃により死亡 未判明
7 Zaldy D. Hamamoto(3世)
8 ハマダ イグナシア
(1世の妻)83
ハマダ サブロウ 父は横浜出身?サンボアンガの水産会社勤務。戦中、ボルネオに向かう船で発ち、その後消息不明 未判明
9 ハマダ プリモロサ 女60
10 レティシア・ダルーカ女 65? 不明(両親日本人) 両親ともに日本人。戦争末期、母と死別し孤児となる 未判明
11 タクミ ミノリ(Melanio Austero)63 タクミ 父は沖縄出身?ダバオのピンタサンプランテーション(賓多産拓殖)で大工。(※3世はダバオ日系人会現会長) 未判明
12 Juseven Austero(3世)
13 カトウ カズオ 男65 カトウ カシュウ 父は福岡出身?ダバオとコタバトで大工。戦中病死。子ども達は父の友人和田氏と投降、収容される 未判明
14 サカモト フミコ(Juanita)
女78
サカモト テキチ 父は広島出身。ルソン島ブラカン州で商売。戦中、日本軍の通訳。敗戦で降伏し、おそらく強制送還 未判明
15 Divina Cruz Swing (3世)
サカモト フミコ(Juanita) の付き添い



16 赤塚民子
(Salome Mayating)67
赤塚 吉之助 終戦時、父は兄とともに強制送還。民子は母とともに残留 判明
17 Amalia Razonable(3世)
18 橋本和枝(Milagros)女61 橋本 茂 1世は古川拓殖マネージャー。サマール島での軍の演習の最中、爆撃にあい死亡 判明



■ 連絡先 ■
 PNLSC(特定非営利活動法人 フィリピン日系人リーガルサポートセンター)
〒160-0004 東京都新宿区四谷1-21戸田ビル4階 (Tel)03-3355-8861
(Fax)03-3355-8862(E-mail)info@pnlsc.com  http://www.pnlsc.com