プレスリリース 2005/9/22 |
4次調査で313人の身元が判明! 山崎大使にファミリーファイルを見せる寺岡会長。 見守るPNLSC河合代表(右)と石井(後ろ) |
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9月16日3時半、在フィリピン日本大使館にて、寺岡カルロスフィリピン日系人会連合会・会長が、日本大使館より委託されたフィリピン残留日本人調査(第4次調査。調査期間:2005年6月10日〜9月9日)の結果、「313人の身元が判明した」と山崎隆一郎大使に報告しました。
成果物としての「ファミリーファイル」も運びこまれ、寺岡会長は手にとって大使に中身を説明しました。このファミリーファイルは、マニラの連合会事務所と、ダバオのフィリピン日系人会事務所の2箇所で最終作成されたもの。まさにこの間、各地の日系人会およびスタッフが全力で取り組んだ努力の結晶です! この調査には、フィリピン日系人リーガルサポートセンター(PNSLC)も、2世面接、相違理由書作成、最終報告書作成など重要な部分をお手伝いしてきました。それで報告には、PNLSC代表理事の河合弘之弁護士、事務局1名も立ち会いました。 寺岡会長は、「まだ身元が判明していない人が800人弱いる。これで終わりにせずに第5次調査を行ってほしい」と大使に要請。大使は「どういうことができるのか、東京ともよく相談して検討する」と回答しました。河合代表は、来月にも集団で家裁に7名の就籍を申立てることを大使に報告。大使は真剣に耳を傾け、中国留孤児の場合との違いなど、質問していました。 その後、別室で記者会見が開かれました。マニラに支局を持つメディアのほとんどが出席。「戦後60年、日本では戦争を過去のもの、終わったものとしようという風潮があるが、今、あえてこの残留日本人問題を提起するのはなぜか」との問いに、河合代表は「この問題を解決せずに放置することは、戦後処理が未完に終わることを意味し、日本国民の汚点になる。残された身元身判明の人たちの問題こそこれから取り組まなければならない。その1つの手段として、10月に10数人の2世の帰国を実施し、東京家庭裁判所に集団で就籍申立をする。目的は、まさに、日本社会・国民に、この問題を知らせるためである」と回答しました。 「2世の現在の思いとは?」との質問に、寺岡会長は「戦前、日本人は勤勉に働いたから、フィリピンでよい暮らしをしていた。それが戦争を境にドン底に落ちた。アイデンティティも失った。こうした体験をもつ我々2世にとって、身元確認はアイデンティティを取り戻すこと」と回答。また、河合代表は、「身元が確認できると、その子や孫が定住ビザを取得して日本にいける。それは豊かな日系人社会を再建する近道であり、身元確認のもう1つの意義である」と加えました。最後に寺岡会長が、調査委託元である大使館、協力者であるPNLSCへの謝辞を述べ、終了となりました。 〈調査結果概要〉 1)1099人の身元未判明(カテゴリーC)2世のうち、313人の身元が判明した(1世数128)。その内訳は、戸籍に名前のあるカテゴリーA=28、戸籍に名前のないカテゴリーB=285 であった。313人の半分をダバオの2世が占めた。 2)この313人のうち、255人(カテゴリーA25、カテゴリーB230)について、家族調査を完了した。残り58人は、当該2世家族が住所変更しており家族にアクセスできなかった/海外在住/調査に非協力、などのため家族調査は未了に終わった。 3)255人の2世のうち35%にあたる87名が故人であった。生存者のうち最高齢は85歳、最年少は59歳であった。 4)255人の2世に対応する3世は1489人、4世は3364人であった。 5)今後は、カテゴリーBの2世(希望者)に対し、戸籍登載、ないし就籍を行っていく。 6)今回調査で身元が判明しなかった2世については、@可能な限りの資料を活用し、さらに身元捜しを継続するA日本人であるとの証言や証拠をそろえて、順次、家庭裁判所に就籍を申し立てる。 |