戦前のダバオのバヤバス日本人小学校
(提供:沖縄ダバオ会)
■ フィリピン残留日本人とは、19世紀末頃から太平洋戦争終結までの間にフィリピンに渡った日本人移民の子で、戦争によって父あるいは両親と離れ離れになり、現地に残された人びとです。戦前、フィリピンに移住した日本人は、努力の末、豊かな移民社会を築きました。フィリピン人女性と結婚し、家族をもった日本人も多くいました。当時日本もフィリピンも父系主義の時代。両親が正式に結婚していれば生まれた子は日本国籍でした。
■ ところが旧日本軍の侵攻に伴い在留邦人は戦争協力を強制され、日本人移民社会はまるごと国家総動員体制に組み込まれました。隣人であり、親戚であり、同僚であったフィリピン人と、敵同士として争うことになりました。適齢期に達していた2世も軍人軍属として徴用されました。
■ 多くの1世が戦争で命を落とし、また終戦後、日本に強制送還されました。子どもたちの多くはフィリピン人母とともに残されました。終戦時、両親ともに亡くし、文字通り、孤児となった2世も少なくありません。
■ 戦後の反日感情の強いフィリピンで、日系2世たちは日本人であることを隠し、日本名をフィリピン名に変え、かろうじて生き延びました。教育を受ける機会に恵まれず、そのため多くの日系人家族はフィリピンの貧困層に属しています。年頃の2世女性はフィリピン人や中国人と結婚することで迫害をまぬがれ、生活の糧を得ました。夫を失った1世妻の多くも生活のために再婚しました。一方、中には夫の帰りをずっと待ち続けた人もいます。
■ 反日感情が和らいだ80年代に入ると、日系人自らがフィリピン各地で日系人会を組織し、存在の証を求めて立ち上がりました。90年代には日本の民間ボランティアの協力で2世の国籍確認、3世、4世の定住ビザ取得の道が開けました。90年代後半から、身元が判明した日系3世(4世)の多くが定住ビザで来日し、日本各地の労働現場で日本経済と日本人の暮らしを支えています。
■ しかし、今なお身元のわからない残留2世が800人以上います。彼らは高齢で、次々に亡くなりつつあり、調査、戸籍回復が急がれます。



フィリピンの日系人についてもっと知りたい方へ・・・

『ハポン―フィリピン日系人の長い戦後』
大野俊著 第三書館 1991年



『ダバオ国の末裔たち フィリピン日系棄民』
天野洋一著 風媒社 1990年
『バギオの虹 シスター海野とフィリピン日系人の100年』
鴨野守著 2003年
『Japanese Pioneers in the NorthernPhilippine Highlands―A Centenial Tribute 1903-2003』
Filipino-Japanese Foundation of Northern Luzon,Inc. 2004
★興味のある方はinfo@pnlsc.comまで。
< その他関連書籍 >

『ああ わが祖国よ
国を訴えた中国残留日本人孤児たち』

大久保真紀著 八朔社 2004年

『無国籍』
陳天璽著 新潮社 2005年



『パパからの初めての手紙』
JFCを支えるネットワーク編 泉書房 2005年
★「JFCを支えるネットーワーク」で販売しています。jfcnet@jca.apc.org へ。





NPO法人 フィリピンリーガルサポートセンター