8月5日に非嫡出子のフィリピン残留日本人2世4人が就籍許可申立てしていた件で、10月17日に届いた東京家庭裁判所の竹井ホセさん(82)却下に続き、10月21日には沖縄の那覇家庭裁判所から金城ロサマサコ(82)さん、金城セチョさん(81)、10月27日には那覇家裁 沖縄支部から、照屋カルメンさん(79)の却下審判が、弁護団のもとに届きました。
弁護団は却下を不服として、竹井さんついては東京高等裁判所に、他3名は福岡高等裁判所那覇支部に、即時抗告しました。(金城ロサマサコと金城セチョ11月4日、照屋カルメン11月6日)
10月12日1時から、弁護団とPNLSCは司法記者クラブにてこの件での会見を開き、河合弘之弁護士、青木秀茂弁護士、北村賢二郎弁護士、PNLSCから猪俣典弘代表理事が登壇、却下審判の問題や今後の方針を報告しました。4人の2世からの却下を受けたコメントも紹介されました。

河合弁護士は、4件すべての却下審判で、その理由を「父が法律上の父でないから」としているが、旧国籍法1条は「子ハ出生ノ時其父カ日本人ナルトキハ之ヲ日本人トス」といっているだけで、その「父」が「法律上の父」でなければいけないというのは勝手な解釈であり非嫡出子差別だ、と指摘。「血も涙もない審判だ」と憤りをあらわにし、最高裁まで闘う決意を述べました。
北村弁護士は、今回の問題は、憲法14条の法の下の平等ー「全て国民は法の下に平等であって人種、信条、性別、社会的身分などによっていかなる差別もされない」ーの問題であるとし、父親が法律上の父か自然血縁上の父か、というのは本人が選ぶことができない「社会的身分」で、それによって差別するのは重大な憲法違反になる、とし、抗告審ではこの点を重点的に主張していくと話しました。
また、審判が「法律上の父子関係があれば我が国との密接な結びつきがあると認められる」としている点を、’夫婦の共同生活、家族の在り方はだんだん変わってきている、子と我が国との結びつきの強弱を両親が法律上の婚姻をしているか否かをもって直ちにはかることはできない’ とした平成20年月4日最高裁大法廷判決(国籍確認請求事件)を紹介し、今回のケースにもあてはまる、指定しました。
青木弁護士は、4つの審判の中でも特に東京家裁の審判は、旧国籍法1条の父は「法律上の父と解釈される」から始まり、その理由の説明すらしない点を「大変遺憾だ」と述べ、母親が日本人の場合、現在は父母両系主義だが、昔、大審院の時代、母と子のつながりについても「認知」を必要としていたが、時代を経るにつれ判例がかわり、日本人の母から生まれたなら嫡出であっても非嫡であっても(認知なしに)法律上の母子関係が認められるようになった、同様に父が日本人の場合でも、今日、DNA鑑定で科学的に父子関係がきっちり立証できた場合、法律上の父子関係を認めてもよいはずで、「そうしたところで誰にも何の不都合もない、にもかかわらずそうしないのは、一体何にこだわっているのか、日本国籍を認めてほしいと泣いている人の姿がみえないんですか?と裁判所に言いたい」と訴えました。
猪俣PNLSC代表理事は、「3,815人の残留日本人が確認できていて、そのなかで生存が確認できているのは134人。国籍を希望するのは約50人。彼らの平均年齢で84歳。今朝もこの方々の声を聴いたが、この却下の判決に非常に落胆している。自分の命がいつまでもつのか、ということを心配している。生きているうちに日本人とつながりを回復したい、というのが彼らの一番の願いだ」と述べました。
【却下の知らせを聞いてのコメント】
カナシロ ロサマサコさん(82)
私のケースが却下と聞いて、とても悲しいです。日本政府が私を日本人と認めてくれることを願います。私は一昨年日本で親せきにあい、彼らは私を温かく受け入れてくれました。私たちは双方とても幸せでした。ですので却下の知らせを聞いてとてもとても悲しいです。高裁では私たちの申立てが聞き遂げられるよう願います。(終始涙しながら)
タケイ ホセさん(82) -150x150.jpg)
認められるものと思っていました。悲しくすごく残念です。私にできることはなく、上級裁判所の判断を待つだけです。私はもう若くなく、長くは待てません。元気なうちに間に合うよう、早く進めてほしいです。
テルヤ カルメンさん(79) -150x150.jpg)
私の申立てが認められなかったことに、とても傷ついています。私の父は日本人であり私はその娘です。父の親族とDNA鑑定を行ったならば、親族だということがはっきりと出るはずです。(両親が非婚だということで日本人と認められないという)この結果は私としてはとても不公平と感じます。上級裁判所でよい結果がでることを願い続けています。
カナシロ セチョさん(81)-150x150.jpg)
却下の知らせを聞いてとても落ち込みました。ですがこれが真実です。私は確かに日本人の子どもです。嘘はついていません。私の異母兄姉たちは私を受け入れてくれました。父・金城清吉の息子として認めてもらえることを切に願っています。
