外務省によるフィリピン残留日系人の訪日事業で2世1名が来日します‼

 外務省によるフィリピン残留日系人の訪日事業で、ダバオ出身のロサリナ カンバ フェルナンデスさん(95)が1月27日~31まで訪日します。外務省によるフィ残留日系人訪日事業としては、昨年8月の竹井ホセさんに続く2人目です。滞在2日目の28日に外務省主催で記者会見が行われます。父の出身地である鳥取県訪問も予定しています。

外務省報道発表20260122

※取材等の申込みは外務省 南部アジア部 南東アジア二課にお願いいたします。

<帰国者プロフィール>
◉ロサリナ カンバ フェルナンデス(95歳) ダバオ市在住 1930年10月22日生まれ

ロサリナの父は戦前、ミンダナオ島で、ナガミネという日本人の経営していたアバカ農園で働いていて、同じ農園で働いていたサトルニナ(ロサリナの母)と出会い、ロサリナが生まれた。物心ついたとき父は家にいなかったが、10歳くらいのとき(おそらく開戦前後)一度、「父が会いに来る」と母がいい、父と会ったことがある。そのとき父は軍服を着ており、ロサリナは父と抱き合って泣いたことを覚えている。
ロサリナは幼いころから母に、父は「カンバサン」「カンバリタ」だと聞いて育った。母から、結婚後に自分が生まれたと聞いたが詳しい場所や婚姻年月日は聞いていない。母は戦後、フィリピン人男性と内縁関係となり、ロサリナは一時期母方の祖父母宅で暮らした。祖父の意向により小学校は2年生までしか通えなかった。戦後は母の内縁の夫(ロサリナの継父)の姓を使ってきたが、ロサリナが日本人の子ということは周囲の人には知られていたという。ロサリナは20歳でフィリピン人男性と結婚。その際も継父の氏名を父として申告した。夫との間に4男4女をもうけた。現在は娘と孫と暮らす。
ロサリナの家族が2000年頃ダバオの日系人会を知り、登録。PNLSCの調査で、外国旅券下付表や俘虜銘票が見つかり、2008年に父・神庭利太の身元が判明。父は終戦後日本に強制送還され、1983年に鳥取県で亡くなっていた。ロサリナは2008年に出生証明書を遅延登録。日本国籍回復を望んだが、父母の婚姻の情報不足により難航。2024年6月に東京家裁に申立てしたが、申立ては同年11月、父母の婚姻についての証拠不十分として却下された。弁護団は鳥取家庭裁判所に再度申立てを準備中。仮に父母の婚姻がないとみなされたとしても、旧国籍法1条「子ハ出生ノ時其父カ日本人ナルトキハ之ヲ日本人トス」の父は自然血縁上の父を含むと解すべき、と主張する予定。

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